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卓球の大会



卓球の大会は大小様々なものがありますが、国際大会で大きなものでは世界卓球選手権とオリンピックが挙げられます。日本国内では全日本卓球選手権、卓球王国の中国では、全国リーグの最高峰となる超級リーグなどが有名です。それぞれ男子女子・シングルス・ダブルス・団体・混合など種目が分かれており、全日本卓球選手権ではジュニア部門も開催。ちなみに世界選手権は7種目ですが、カップは8個存在します。

これは第1回以来ヨーロッパで開かれてきた世界選手権が、第2次世界大戦の6ヵ月前に初めてヨーロッパを離れてエジプトで開催されたとき、エジプト国王が友好のシンボルとして8個目のカップを寄贈したことに由来。世界選手権の開会式で前回開催都市の代表者からエジプト代表に返還され、エジプト代表から大会開催都市の代表者に渡されるという儀式が毎回行なわれます。

超級リーグ

超級リーグ

超級リーグとは中国における卓球の全国リーグの最高峰で、正式名称は中国卓球クラブ超級リーグ。甲AからD、乙AからBの6つの下部リーグがあります。6月から8月までの3ヵ月間に全18節が行なわれ、男女各10チームがホームとアウェー方式で2回ずつ対戦。

1995年に開始された第1回全国クラブリーグがその前身で、1998年に全国卓球クラブ甲級リーグとなり、1999年に現在の名称に改称されました。中国で超級と名がつくのは、サッカーと卓球のみ。ヨーロッパや韓国のトップ選手も多く参戦し、世界最高レベルの国内リーグとなっています。日本からも松下浩二、小西杏、福原愛などが参戦しました。

日本リーグ

日本リーグとは、日本卓球リーグ実業団連盟の略称で、同連盟主催の春秋の卓球リーグ戦のことも指します。連盟は日本における実業団卓球の振興を目的に1997年に創設されました。前・後期の日本リーグと日本リーグ所属選手を中心とする、男女シングル選抜のビッグトーナメントを毎年行っています。

日本リーグの誕生により、大学を卒業すると技術低下が目立ち、3年以内に現役を引退する選手が多かった風潮に変化が起こり、選手寿命が伸びる傾向にあります。学生時代よりも力をつけるプレーヤーも増えました。韓国との国際交流として「日韓定期戦」を2年に1度実施。その他、強化訓練を経て、選抜された選手を毎年国際大会へと派遣しています。

世界卓球選手権

世界卓球選手権は、略して世界選手権とも呼ばれています。男女団体・男女シングルス・男女ダブルス・混合ダブルスの7種目に分けられ、卓球の世界一を競い合い、卓球の大会としては世界最大級。

主催は国際卓球連盟で、同連盟が発足した1926年に第1回大会を開催して以来、第二次世界大戦のため1940年から1946年の7年間中断したのを除き、定期的に開催されています。1999年以降は、2001年の大阪大会を除き、団体戦(男女団体の2種目)と個人戦(男女シングルス・男女ダブルス・混合ダブルスの5種目)を分離開催し、奇数年に個人戦、偶数年に団体戦を開催しています。

全日本卓球選手権

全日本卓球選手権は、略して全日本選手権、さらには「全日本」と呼ばれています。その年の日本一を決める大会で、一般の部の男子シングル優勝者には天皇杯(1948年度大会から)、一般の部の女子シングルス優勝者には皇后杯(1951年度大会から)が贈られるようになりました。

1931年に日本卓球協会が誕生するまでは、複数の全国組織があり、1年に日本一の選手が3人も出たりすることがありました。また、1936年には軟式卓球と硬式卓球でそれぞれ日本一が誕生しましたが、1966年以降は硬式による試合を「全日本」と呼ぶことに定め、現在に至ります。なお、日本卓球協会が主宰する全国大会を「全日本」と呼びますが、近年は大会の数が増え、中高・選抜など、様々な全国大会が各地で開催されています。

ワールドカップ

ワールドカップは卓球の世界大会のひとつで、国際卓球連盟が主催している男女シングルスの世界選抜大会です。男女それぞれ16名が選ばれて参戦。男子は1980年に始まり、女子は1996年に始まりました。個人戦は1年に1度、団体戦は2年に1度のペースで開催されています。

オリンピック

オリンピックに卓球が種目として加入したのは、第2代国際卓球連盟会長・エバンス会長のリーダーシップによるものでした。1981年に加入が決定し、1988年の第24回韓国ソウル大会から正式種目として本格加入。

競技種目は男女シングルスとダブルスのの4種目からスタートしましたが、2008年の北京大会からダブルスに代わって団体戦が採用されるようになりました。卓球界では長年の伝統として、表彰式で国旗や国歌を使わないようにしてきましたが、オリンピック加入をきっかけにして、1985年以降は世界選手権でも国旗・国歌を使うようになったという変化が生じています。