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世界のハンドボールの歴史



「ハンドボールの歴史(古代~近代)」で述べた通り、11人制ハンドボールはドイツで誕生しました。7人制ハンドボールはデンマークで生まれ、それぞれが発展していきました。現在は7人制に統一されています。現代までにハンドボールは世界でどのように統制され、発展していったのでしょうか。年代を追ってまとめました。

近代以降~1930年、国際アマチュア・ハンドボール連盟の誕生

近代以降~1930年、国際アマチュア・ハンドボール連盟の誕生

ドイツでは1920年(大正9年)のルールブック発行後、翌年の1921年(大正10年)にハンドボールの全国大会として、「第1回全ドイツ選手権」が男女競技において開催されました。同時期にドイツスポーツ協会とドイツ陸上競技連盟によって同様の選手権大会を開催しましたが、この2つの大会は1931年(昭和6年)に統合されました。ドイツ陸上競技連盟は世界へも働きかけ、1928年(昭和3年)、オランダでの国際陸上競技連盟総会のときに「国際アマチュア・ハンドボール連盟」(IAHF)が誕生しました。

1930年代、オリンピックと世界選手権の実現

1930年代、オリンピックと世界選手権の実現

1936年(昭和11年)のベルリン・オリンピックでは、ハンドボールが競技種目に初めて採用されました。男子の11人制です。その2年後である1938年(昭和13年)にはIAHFが主催して、「第1回世界選手権」がドイツで実施されました。当初は男子競技のみで11人制。そののち、7人制が平行して試合が組まれるようになります。そのまま一気に盛り上がることを期待されたハンドボールですが、1940年(昭和15年)~1968年(昭和43年)のオリンピックで競技種目から外されてしまいます。理由は11人制と7人制の不統一などが挙げられました。

1940年~1950年代、国際ハンドボール連盟の創成期

1940年~1950年代、国際ハンドボール連盟の創成期

それまでドイツが主導だったハンドボール界は、1945年(昭和20年)の第2次世界大戦終戦により変化。ベルリンに本部があったIAHFは次第に機能しなくなってしまい、ハンドボールの新たな国際組織づくりが求められるようになりました。1946年(昭和21年)には、7人制ハンドボールの発祥国であるデンマークをはじめ、フィンランド、フランス、ノルウェー、オランダ、ポーランド、スウェーデン、スイスの8ヵ国の代表が協議し、ハンドボール国際的な新組織を創設。こうして同年、「国際ハンドボール連盟(IHF)」が生まれました。創設した当日、オーストリアとルクセンブルグ、ポルトガルも加わり、12ヵ国が当初の加盟国となります。1948年(昭和23年)には男子の「世界選手権」を行ない、翌年には女子の開催も実現。いずれも11人制でした。一方、各国では11人制ではなく7人制のハンドボールを選ぶチームが増えていたことから、同大会は1960年(昭和35年)の女子大会、1966年(昭和41年)の男子大会を最後に休止。これが11人制ハンドボールの終焉ととらえる説もあります。

1970年代~、オリンピックへの復活

1970年代~、オリンピックへの復活

1972年(昭和47年)のミュンヘン・オリンピックで男子、1976年(昭和51年)のモントリオール・オリンピックで女子ハンドボールが競技種目として復活しました。いずれも7人制です。これにより、IHFの加盟国が次第に増加。1976年(昭和51年)には5大陸で66ヵ国が加盟。

1990年代~、ビーチ競技などへの広がり

1990年代~、ビーチ競技などへの広がり

1990年(平成2年)代に入ると、世界選手権で広告収入やテレビ放送権料を得るなどビジネスとしての運営がなされるようになります。それにより、ジュニア、ユース、ビーチなどの各世界選手権が開催され、ハンドボールがより幅広く普及するきっかけとなりました。2003年(平成15年)からは同大会の上位国に賞金も付与されています。本場ヨーロッパのプロリーグをはじめ、アジアやアフリカでも強豪チームが育ち、技術面でもますますハイレベル国際試合が繰り広げられることが期待されます。IHFの加盟国も順調に増加し、2014年(平成26年)8月現在は約200ヵ国となっており、世界に約80万クラブがあると言われています。