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女子ボクシングの歴史



女子ボクサーによるボクシング自体は、イギリスにおいて素手でボクシングの原型が行なわれていた時代から存在していました。

粗暴に行われた女子ボクシング

粗暴に行われた女子ボクシング

最古の記録では1722年(享保7年)、イギリスのロンドンで行なわれた試合が記されていますが、その会場は宿屋であり、勝者となったエリザベス・ウィルキンソンは「コックニー王者になった」と記録されています。「コックニー」とはロンドンの労働者階級で使われるスラングのようなもので、侮蔑的な意味合いで使われる言葉です。勝者を讃えて付ける名称だとは考えられないことから、この記録に残る女子ボクサーによる試合はアンダーグラウンドな、喧嘩の延長のような形で催されたものだと推測されています。なお1880年(明治13年)にはイギリスで女子ボクシングが禁止されていますので、それまでには何度も試合が行なわれていたのでしょう。

また別の記録では、1876年(明治9年)にアメリカで開催された女子ボクシングがあります。ニューヨークで行なわれたこの試合は銀製のバターディッシュを懸けて2人の女性が戦ったと記録されていますので、やはり近代のプロスポーツとはかけ離れたボクシングだったのでしょう。

イギリスから新天地を目指した女子ボクサー

イギリスから新天地を目指した女子ボクサー

女子ボクシングの始祖と言われる選手は、イギリス出身のバーバラ・バトリックです。バーバラはアメリカに渡ってプロボクサーになっており、アメリカの国営テレビは1954年(昭和29年)にバーバラが出場した試合を「初の女子ボクサー試合」として放送しています。当時のアメリカではいわゆるウーマン・リブ(女性解放運動)が沸き起こり、女性の地位向上を目指して様々な活動が行なわれていました。その流れの中で1975年(昭和50年)にエバ・シャインが女性としては初めてプロボクシングの審判としての資格を取得し、同年にはキャロライン・スヴェンセンが女子ボクサーとしてのライセンスを取得しています。以降も続々と女子ボクサーが誕生し、アメリカでは徐々にプロスポーツとして定着していきます。1980年(昭和55年)には女子ボクシング連盟(WBF)でライトヘビー級王者としてダイアン・クラークが認定されています。

「ボクシングは危険、女性にふさわしくない」という声

「ボクシングは危険、女性にふさわしくない」という声

女子ボクシングが普及するにしたがい、本質的には殴り合いであるボクシングというスポーツに、女性が参加することに異を唱える声が上がってきます。その声の主は男性のボクシング・チャンピオン達でした。その内容は、ボクシングに参加することは危険なことであり、ウーマン・リブを支持しつつも看過できないとするものでした。また同時期に活躍した女子ボクサー、キャシー・デービスの試合の幾つかで不正が暴露され、女子ボクシングの発展には一度ブレーキが掛かってしまいます。

しかしそれでも健闘を続ける女子ボクサーの存在や、スウェーデンで1988年(昭和63年)に女子アマチュア・ボクシングが認定されたり、かつてイギリスからアメリカに渡ったバーバラ・バトリックが1990年(平成2年)に女子国際ボクシング連盟(WIBF)を設立したりと、先駆者達の努力が功を奏して、女子ボクシングは徐々に花開いていきます。

注目され始める女子ボクシング

注目され始める女子ボクシング

やがて1993年(平成5年)にはアマチュアの試合を主に管理運営する米国ボクシング連盟が女子ボクサーを認定します。これが女子ボクシング界の幕開けになりました。1997年(平成9年)には公認後初となる女子ボクサーのトーナメントが開催され、アメリカで大きな盛り上がりを見せていきます。

2001年(平成13年)には国際アマチュア・ボクシング協会(2006年に「国際ボクシング協会(AIBA)」に改称)により世界女子ボクシング選手権大会が開催され、2012年(平成24年)のロンドン・オリンピック以降には公式競技として採用されることが決定します。また男子のみのボクシングを扱ってきたWBAが2004年(平成16年)に女子部門「WBA Women's」を設立、WBCが2005年(平成17年)に女子王者を認定しています。

世界に追従する日本女子ボクシング

世界に追従する日本女子ボクシング

日本における女子ボクシングの歴史も、こうした世界の動きに追従していきます。1999年(平成11年)に東京で設立された日本女子ボクシング協会(JWBC)は、キックボクシングのジムが母体であったこともあり日本ボクシングコミッション(JBC)の認定を受けていませんでした。しかし世界で女子ボクシングが広まってきたことと、JWBCに所属する優れた女子ボクサーが世界で活躍したことが重なって、JBCはついに2008年(平成20年)から女子の参加を認めたのです(これによりJWBCは発展的解散)。