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ボクシングの歴史



オリンピック競技のひとつでもあるボクシングは、世界的に見ても特に長い歴史を持つ格闘技として知られており、タイのムエタイやフランスのサバット、日本のキックボクシング及びシュートボクシングなど、世界に多くの派生を生み出してきました。

もともとは素手で殴りあい命をかけて戦っていた、極めて乱暴な格闘技であったボクシングが、どのような経緯でブラッシュアップされてスポーツになり、オリンピックの舞台で競われるようになったのでしょうか。

ここではボクシングが歩んできた歴史について、古代から近代への伝来、日本に伝来したボクシングの歴史、世界におけるボクシングの歴史、比較的新しい女子ボクシングの歴史について、それぞれのテーマに沿ってご紹介します。

ボクシングの歴史(古代~近代)

ボクシングの歴史(古代~近代)

ボクシングに関する最も古い記録は、古代ギリシアの時代にまで遡ります。古典ギリシア語で「ピクス」または「ピグメ」と呼ばれたものがボクシングの祖先であるとされ、遅くとも紀元前8世紀頃には存在していたとされています。ギリシアの伝説には神話のアポロンがボクシングの創始者であるとする説や、ヘラクレスがボクシングを始めたとする説などがあります。古代オリンピックでボクシング(その起源とされる格闘技)が競われた記録は、紀元前688年にあると伝えられており、また史上初のボクシング優勝者は小アジア(アナトリア半島と考えられています)出身のオノマストスとされています。このオノマストスが古代オリンピックにおけるボクシングのルールを策定したと伝えられています。なお、この頃のボクサーは全裸で手袋などを装着して戦っていたとされています。またシャドーボクシングによるトレーニング方法などは、すでにこの時代には確立していたと言われています。

ボクシングから他の格闘技が派生

ボクシングから他の格闘技が派生

紀元前に生まれたボクシングの祖先から、パンクラチオンと呼ばれる組み技を含めた格闘技(現代で言う総合格闘技)が誕生したと伝えられています。

また一説では、ボクシングはスパルタの時代(紀元前489年~紀元前192年)において兵士訓練の一環として導入されたとするものもあります。またローマのコロセウムでは奴隷同士を戦わせて観戦するといった文化があったとされていますが、残酷さからやがて禁止になり、436年に西ローマ帝国が滅びるのと同時に歴史からしばらく姿を消すことになります。

「ボクシング」という名称の誕生

「ボクシング」という名称の誕生

13世紀頃になって「ボクシング」という名称が初めて登場したと伝えられています。正確な記録は残されていませんが、この頃に、ある神父(イタリアかイギリスの神父とされています)が現代のボクシングに近い格闘技を近所の若者に教えたとされています。ただしこの頃は戦闘にかかわる人間は帯剣することが多かったため、素手の格闘技であるボクシングは護身術としては浸透しなかったようです。

近代ボクシングの黎明期

近代ボクシングの黎明期

しばらく歴史から姿を消したボクシングですが、16世紀前半頃になって再びボクシングの名前が登場します。その登場はイギリス。この頃にヨーロッパでは帯剣が一般的では無くなったこともあり、イギリスにおける格闘技としてボクシングが使われるようになります。ただしこの頃のボクシングは現代のようなスポーツらしさは無く、極めて粗暴で危険な格闘技であり、人々の賭け事として行なわれていたとされています。

近代ボクシングの原型として言われているのは、こうした乱暴なボクシングです。ボクサーは素手同士(素手同士で戦うボクシングを、グローブを装着する現代のボクシングと区別する場合に「ベア・ナックル・ボクシング」と呼びます)で戦い、倒れた相手は攻撃しないなど一定のルールはあったとされていますが、戦いの中で大きな怪我が発生することはもちろん、ときにはボクサーが命を落としてしまうことも、現在よりもずっと多かったとされています。

歴史に名が刻まれたボクサー

歴史に名が刻まれたボクサー

近代ボクシングの原型を作ったボクサーとして語られる人物に、イギリスのジェームス・フィグが居ます。ジェームス・フィグは1718年(享保3年)にロンドンで現在のジムに当たる「ボクシング・アカデミー」を設立しています。しかし彼が教え子に伝授したボクシングはベア・ナックルで殴り合うばかりか、蹴り技や投げ技、組み技、さらに噛み付きや目潰しといった、現代のボクシングで反則とされている攻撃方法をも含んでおり、また素手だけではなく棍棒を使った戦闘やフェンシングも含んでいたとされています。ジェームス・フィグのボクシングは、格闘技やスポーツと言うよりは、どんな手段を使っても相手に勝つ術だったのです。そしてジェームス・フィグ自身もボクサーのひとりとして腕自慢を相手に勝ち、賞金を稼ぎ続け、ボクシングの名を宣伝しつつ、ボクシング史上初のチャンピオンを勝ち取ったと伝わっています。

徐々に定められていったボクシングのルール

徐々に定められていったボクシングのルール

そしてジェームス・フィグの後継者だったジャック・ブロートンがボクシングのルーツを近年のものに近づけます。ジャック・ブロートンは当初ジェームス・フィグに倣って勝ち続けますが、あるとき対戦相手の命を奪ってしまいました。ジャック・ブロートンは「ボクシングをもっと広めるためには、命を奪うような危険を除外しなければならない」と気が付き、ボクシング史上初となるルールブックを作成しました。それが1743年(寛保3年)のことです。このとき策定されたルールではベルトから下への打撃禁止や、ダウンからカウント(この当時は30カウント)を始めてノックダウンの判断をするなど、現代のボクシングに近い内容が含まれていました。